「髪」ではなく「鏡」を見る

髪がビシっと決まっているだけで知的な印象を受けるし、逆に髪の毛が薄い人はどことなく頼り甲斐がないように見受けられる。
人って勝手だなと思うし、不平等極まりないないなと思う。
だから髪の毛の薄い人は所謂「ヅラ」を被るのだと思うけど、それはそれで卑怯だなとも思う。

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だって、政治家やコメンテーターがヅラを被っていると、いくら良いことを言ったとしても、いやいやあなた自身が「偽りの姿」ですよねってなっちゃう。
ヅラで人を欺いておきながら僕を信じてくれ、はない。
まずは、偽りのない姿にすることが先だろって。

とは言え、これも髪の毛の薄い人にならないとわからない気持ちなのかもしれないという同情も5%くらいはある。
だけど、髪の毛の薄い人は自ら「そっちのグループ」に寄せていっている部分が少なからずあると思う。
髪の毛が無ければカッコつけても意味がない、という諦めがそうさせているのではないか。

その諦めがやがてだらしない腹となって、段々と異性との関わりも駆け引きのない関係へとシフトし、おじさん化していく。
でも、それって髪の毛のせいにした逃げ。
髪の毛のせいにするのではなく、内面を磨くことが大事。
髪の毛がなくてもモテる人は多い。

筋トレしていれば、髪の毛がなくたって絶対にカッコいい。
仕事でバリバリに稼いでいたら、それだけで他を圧倒できる。
薄毛は夜が強いからということで、わざわざ薄毛をハントする女性だって存在する。

僕は47歳だけど、美容師が驚くほど髪の毛の量は多い。
女性からもそれなりにモテる。
ランニングと筋トレも欠かさない。
だけど、どんなに頑張っても意中の人全員を振り向かせることはできない。
逆に僕みたいにストイックだと疲れちゃうという声だってある。
結局、みんな同じじゃつまらない、個性をいかに上手く活かすかだと思う。
これからは風の時代。
組織から個人の時代に変わっていく。
薄毛だからと全てを諦めるのはmottainai。